SNSに振り回される話

最近テレビで、よく「SNS映え」という言葉を見聞きします。

雑誌や、ネット記事もまた然りです。

私は現在大学4年生で、生活の中にSNSが溶け込んでいます。

中学・高校、大学の友人たちとSNSでやりとりをするのも少なくありません。

自分が投稿したものに、コメントや「いいね!」がつくと

誰しもが少なからず嬉しいのではないでしょうか。

そんな現代人の心をメディアは見事反映しているなあと感服します。

写真映え、つまりSNS映えするグッズ、料理、スポット…

行動の理由がSNSになっている人はたくさんいると感じます。

可愛いから、便利だからグッズが欲しくなるし、

おいしそうだから料理を食べたくなるし、

楽しそうだからその場所に行きたくなる。

SNSは情報源として優秀ですが、目的にしてしまっては、

実際の生活をないがしろにしているように思います。

「SNS疲れ」なんていう言葉も出てきました。

かくいう私も、SNSにストレスを感じたことがあります。

思い切ってやめてみてからは時間も増えて、気持ちも楽になりました。

人とつながりすぎるのは疲れることだったのだなあと実感しました。

SNSは色んな可能性、新しい出会いや発展を生み出しますが、

それにはまりすぎてしまうのには気を付けようと思います。

小説を書いてピクシブに投稿しています

物ごころついた時から小説を書くのが好きで、朝起きて仕事に行く前や帰って来てから、あとは週末の休み時間などを積み重ねて利用しながら、少しずつ書いています。

書いた小説は、絵や小説などの投稿サイト、「Pixiv(ピクシブ)」に投稿しています。

私の書く小説はオリジナル作品では無く、アニメやゲームなどの原作付きの物の、いわゆる二次創作なのですが、もちろん書いている内容は自分できちんと考えた、まぁ言うなれば妄想のストーリーです。

最近私がハマっているのがソーシャルゲーム「Fate/Grand Order」という作品で、ゲームはまだ最後までクリアしていないのですが、出てくるキャラクターがとても魅力的な人物が多くて、創作意欲を掻きたてられてしまい、ついに我慢が出来なくなって、先週の週末の時間を利用して、そのゲームの二次創作の作品を書いて投稿してしまいました。

なぜ直ぐに書かなかったのかと言いますと、私が書いた登場人物たちを取り扱った作品が、事前にピクシブで検索してみてもほとんど無かったので、「書いても読んでもらう方がいないのじゃないのかしら」と危惧してしまったからです。

しかし自分の「書きたい」という気持ちには勝てず、「自分が書きたい物を書いて楽しむのが一番だよね」と思い、ついに投稿してしまいました。

すると自分が予想していた以上に反響があり、コメントで「続きが読みたいです」との読者さまからの温かい声に励まされ、大変嬉しくて、直ぐに続きを書いてまた投稿しました。

ピクシブは読者さまの反応が直ぐに「評価」や”お気に入り”という「ブックマーク」というものをつける機能があるので、それが多いほど、書いた側としては励みになります。

まだ書きたいストーリーが頭の中にたくさんあるので、時間を見つけつつしばらくはこのゲームのキャラクターで作品を書き続けようと思っています。

私の息抜きでもあり、楽しみでもあります。

胃の内視鏡検査を行ってきました。

今年10月に受けた国保の特定検診の検査結果と昨年の同じ時期に受けた人間ドックの検査結果から担当医の勧めもあり胃の内視鏡検査(胃カメラ)を受けてきました。昨年受診をした人間ドックは厚生病院での結果でしたが、胃の検査結果(レントゲン)が一昨年の検査と全く同じ内容でしかも所見までがまるでコピーを張り付けた様でした。

担当医から全体的な説明を受けた時に一昨年と同じ内容で書かれていることを指摘しましたが検査結果ですから、とだけでそれ以上の説明はありませんでした。所見の内容は、胃体部変形・隆起性癌変疑い・胃がん否定できない、とありました。一昨年のときはその年に専門医に診断と再検査をして頂きましたが、特に問題はなし、で無罪放免でした。

そして昨年10月に同じ厚生病院で人間ドックを受診しました。その結果が胃の所見については一昨年と全く同じでした。検査結果の説明を受けた担当医からもその件について明瞭な説明がありませんでしたので再検査は受けませんでした。病院を変えて今年は特定検診を受診しました。

担当医からはレントゲンではなく胃カメラでの検査を受けてみたらどうか、とアドバイスがあり受ける事にしました。紹介をして頂いた病院に胃カメラの予約をして頂き日程を確保してから紹介状を書いて頂きました。紹介状を持参して予約日に病院へ行きました。内科・消化器内科・小児科を専門とした診療所になります。医師は1人でスタッフが10名ほどの診療所です。

9時30分の予約でしたが最初で様子が分かりませんので少し早めでしたが9時頃つきました。駐車場は自家用車が20台収容できるスペースがありました。早い時間にも関わらず既に満車状態でした。何とか駐車ができ正面玄関から中に入りました。入ってみてびっくりです。30名ほどの待合室が満員状態でした。

受付を済ませ丸椅子が1脚空いていましたので腰かけて待ちました。診察の手際が良いのか次から次へと待っていた外来の患者が呼ばれて診察を受けていました。30分程の待ち時間で名前を呼ばれて診察と胃カメラの検査を受けました。結果は時に何もなく異常は見られないとの事でした。年齢も60歳を超えていますので今後は健康診断の結果よりも定期的に胃カメラの検査を受けたほうが良いと言われました。確かにそうです、2年に一度は受けて見ようかと思いました。

夫と一緒に眠りに落ちていくときのこと。

好き、とか嫌い、といった感情的なことなんか超えて、愛していく人であるのが夫なんだなと、しみじみ思う今日この頃。そんな夫と一緒に連休を愉しく過ごしたり、家計や支払い関係といった社会生活的なことに一つずつ一緒に足並みを揃えながら向き合って解決していったり、毎日があるってすごいことなんだなと、しずか~に一人感動。

生活をしていくためには、当然、一定の生活費を賄うために仕事をする。私も彼もお互いの職場という戦場に赴いては、疲れ切った身体を横たえて休ませる、同じベッドに眠るときが多分一日の中で一番安らぐ。私の倍はある大きな体をして、毎日大変な仕事をして帰宅する夫。私もまた自分の職場で、仕事内容によってはへとへとになって帰ってくる。そんな私たちの力を充電させるための場所、それが寝床だ。

同じビジョンを見つめながら暮らしを共にしている一番身近なコミュニティであり、夜の営みをするパートナーでもある夫婦関係。人間としても女性としても、そんなパートナーであり同胞でもある夫と同じベッドに眠る時間や、厚い胸板に夫の中の「男!」を感じながら独り占めしたり、胸の中にそっと守られるように抱きしめられて眠れること自体、ものすごく幸せに思う。

大変な仕事や境遇に耐えている夫の大きな背中を見るととっても愛おしくなって、いつも「ぴとっ!」とか「ぎゅーっ!」とか言いながら子供かもしくは小動物のようにじゃれて甘えるようにくっついてしまう。絶えない愛情に優しさ、誠実さ、社会的な試練に耐えていることや、自分ではどうしようもないことへの忍耐、働き者であること。

多くを背負ったり語ったり宿したりしている夫のそんな背中を今夜も愛おしんで、くっついて眠ろう。どんなに試練の嵐に翻弄されてズタボロになった日だろうが何だろうが、一日の終わりには眠りのときが必ず待っていてくれる。今週もいろいろ大変だったけど、だからこそ大事な睡眠。

この眠りのときをまた夫と一緒に今晩も通って、一晩癒されて、また夫と新しい朝を一緒に迎えるのを楽しみに、今夜は眠りにつきたい。睡眠って、本当に大事だなと思う。