虐待を受けた子どもの成長と未来

最近、児童虐待やそれによって亡くなった子どものニュースを聞く機会が増えたように思います。その後、子どもたちはどうなるのだろうか心配でたまりません。

その虐待を受けた子どもが、他の大人に「甘えること」はその子どもが成長する中で必要不可欠なものであると思うのです。そしていっぱい甘えることが出来た子どもほど、しっかりと自立できる気がします。それは、子どもが大人に甘えることで愛情を知り、自分が好きになり、自分に自信をもつことができ、人を愛する事ができるからなのです。

私も過去、甘える事を知らず、自分に自信がないまま大人になりました。人を愛する事を知りませんでした。そして自分の事が大嫌いになりました。

でも決して手遅れということはないのです。しっかりと自分の気持ちを受けとめてくれる人、理解してくる人、つまり肉親の親ではなくでも「親代わりになってくれる人」に、ありのままの自分の気持ちをさらけ出し、甘え、受け止めてもらう事で、自分に注がれている「愛情」を確認していくことができるのです。

私は、自分の気持ちを受けとめてくれる人、理解してくる人、つまり「親代わりになってくれる人」に出会い、愛情を知り、自分を好きになり、他人を愛する事を知りました。

そして、友達や、好きな人と、お付き合いできるようになりました。

虐待を受けた子どもが、他の大人に「甘えること」て子どもが成長する中で必要不可欠なものであると思っています。

デパートで生鮮食品を買ったら、その包装の丁寧さにびっくり!

この前、百貨店の地下の食材売り場で買い物をしました。

普段はほとんど近所のスーパーで買い物をします。

しかし、さっかく街なかに来たついでに、デパートの生鮮食品売り場には、どんなものが売っているのかなと

リサーチしに行ってみました。

びっくりするような高い金額設定ではなく、モノによっては近所のスーパーよりも安いくらいでした。

思わず、普段近所ではなかなかお目にかかれない魚なんかを、いくつか買って帰りました。

我が家は、主人も子供たちも魚が大好きなので、今度からお買い物にくる時は、ここに寄ってみようと思います。

値段もそんなに高くないのに、種類はとても豊富だったのは意外でした。

一番驚いたのは、レジでの包装ですね。ビニール袋に入れてくれて、レジ袋をくれた・・・まではわかるんですが、

さらに、デパートの紙袋をいただきました。

つまり、魚をビニールに入れて、レジ袋に入れて、それをさらに紙袋に入れて帰るということですね。

しかも保冷材はレジ横のストッカーに大量に入れてあり、好きなだけどうぞと。

何という丁寧さ、過包装・・・。でも確かによく考えたら電車に乗って帰宅するのを考えると、レジ袋のままは恥ずかしいかもしれませんね。

やり過ぎ感はある気もしますが、さすが街中の大きなデパートは違うなと納得しました。

私のように街中で食材を買うことに慣れていない人にはびっくり包装ですね。

キレイに出来なかったパンの発酵

今日はどんなパンを焼こうかな、と思ってレシピ本をめくっていたらカイザーゼンメルのレシピが出てきました。

専用のスタンプのようなものがあり、それをスタンプして特有の模様を出すというパン。

実はそのスタンプも購入してあったのですが、今まで1度も作ったことがありませんでした。

そこでカイザーゼンメルに挑戦をしてみました。

強めにスタンプをしないとキレイな模様がつかないということだったので、やや強めにスタンプをしたのですが、焼きあがってきてガッカリしました。

見事に模様が消えているのです。

発酵の時にはいい感じだったのに、焼きあがったら残念な結果に。

パンってまだまだ奥が深いんだなと思いました。

1度失敗をしたら今度は絶対にキレイに作る、という気持ちになります。

今まで作ったことがないパンでしたが、失敗をしてしまったことによりまた作らなきゃという気持ちにもなれました。

味は良かったのですが、手作りともなるとやはり見栄えも大事だと思います。

キレイに出来るということによって満足できるものになると思います。

焼きあがった時にガッカリするのか喜びになるのか、その都度違ってくるのもある意味面白いのかもしれません。

でもやっぱり安定の成功を手に入れたいです。

卒業する勇気も大事。

最近「卒業」という言葉がいろんな場面で使われる便利な言葉になりました。学校だけでなく、職場の退職も「卒業」アイドルグループの脱退も「卒業」恋人と別れることも「卒業」と言う人も出てきました。

最後のやつは、彼氏と別れることが卒業??なんだそりゃ?と思っていましたが、気持ちが少しわかる気がしてきました。

険悪な関係だけど別れる勇気はなくて、なんとなく引きずっちゃうことってありますよね。

もしくは別れた後だけど忘れられないとか。

私、この度、過去の人からもらったものを捨てる決意をしました。

もらったのはおよそ5年くらい前なんですけど、実用的なものなので、いつの間にか好きな人からもらったという意識から私物という意識に変わるんですよね。

もらったものはポーチなんですが、もらった当初はあまりに嬉しくて枕元に置いて一緒に寝てました…^^;

1か月近くそれを続け、「自分やばいわ」と思えるくらい冷静になってから一緒に寝ることはやめました。

次第に、恋人からもらったものという意識が薄くなり、自分のものという意識が強くなりました。

あまりおすすめはできないのでしょうが、定期的に洗濯をしていました。

まあ、恋人からもらったから大事に使いたいという思いもあったし、自分のものだからケチケチ使いたいという思いもありました。

どこも破れていないし、ジッパーが壊れたなんてこともないので、使えちゃうんです。

私は良く言えば「物持ちが良い」けど「かなりのケチ」なので、私の持ち物は大体貧相です。

まあそれは置いといて。

数日前、もうその人とはまったくご縁がなくなった今になって、夢に相手がふと現れたんです。

昔は彼がキングオブツンツンで、私が素直?にならないと関係が成立しなかったのですが、夢の中では真逆になっていました。

私がちょっと動揺してツンツンしていたのですが、彼が、一緒にいた頃の不満を吐き出したんです。

「メール何通も送られると、見逃しちゃうんだよ」

当時、SMSを使っていたので、字数制限がある中で、どうしても1通におさまらないことがありました。

え~、でも私は一度に多くても3通くらいに抑えていたんだけどなぁ。

でも、今更どうしてこんな夢を見るのかちょっと不思議でした。

ごめんねーなんて謝りながら、私のツンツンはとどまることを知らず、こんなことを口にしていました。

「今つきあってる彼氏と結婚するかもしれない」

今、つきあってる恋人なんていませんが…^^;

当時はツンツンの極みだった彼が、素直に「ええっ?」と動揺していました。

その後も何か言っていたのですが覚えておらず、そのまま目が覚めました。

そしてポーチを見て、ふと思ったんです。「ああ、このポーチも卒業しないとな」

まだ使えるから持っていよう、という気持ちがなくなっています。早く新しいの見つけないと。

これまでも何度か新しいの欲しい!と思って探していたこともあったのですが、今の心境は「欲しい」ではなく「必要」という感じです。

うーーーん、もしかしたら、その彼は結婚するのかもしれません。キングオブツンツンが幸せになれる場所ができたなら、私も嬉しい。

私は結婚はほど遠いけど、まず結婚や彼氏よりも、ポーチを早く手に入れたいです。ハイ。